京大坂道(不動坂道)

紀見峠を越えた旅人は十三基の里石道標に導かれて高野山女人堂を目指しますが、学文路まで来ると町石道との分岐・学文路三叉路の道標に出会います。町石道は信仰に重きを置いた山中のさらに厳しい道のりですが、不動坂口女人堂へも学文路からは山道となり険しい道がつづきます。ここでは学文路から女人堂までを京大坂道(不動坂道)として案内したいと思います。

京・大坂道(学文路〜二里石)

学文路三叉路の道標石を過ぎて広い道を横断して南海高野線の踏切を越える辺りからは坂道となり、また山道へと入って行くようになります。「石動丸物語玉屋宿跡」の石標を見て急坂を上るとその石動丸物語で有名な苅萱堂があり、トイレやベンチもあるので参拝して小休止するのもいいでしょう。

高野街道学文路三叉路の道標石を過ぎて広い道を渡って高野線の踏切を越えると、ここからは坂道になります。

高野街道苅萱堂へは「石動丸物語玉屋宿跡」の石標を過ぎたところを左へ入って急坂を上ります。

高野街道「西光寺・刈萱堂」には石童丸の母・千里の墓が祀られています。

「石童丸物語」

学文路の町並みを過ぎると家は途切れ、果樹園の広がる山道になります。次の集落が見える所で道は分岐しますが「高野街道」の石版に導かれて集落の中の道へと進みます。柿畑が道沿いにも連なり山の斜面も柿畑に覆い尽くされて、少し色付いているものもあるが赤く熟れ出す頃はさぞ壮観だろうと想像させられます。紛らわしい分岐には「高野街道」の石版が埋め込まれており、のどかな田園風景を楽しみながらの道中を楽しんで繁野の集落に入ると左手に第三の地蔵が祭られています。

高野街道「高野街道」の道しるべに導かれて右の道へと進んで集落の中へ入っていきます。

高野街道柿畑が眼下に広がります。

高野街道道の回りにも柿畑が広がっています。

高野街道この分岐も「高野街道」の道しるべに導かれて左の道へと進みます。

高野街道繁野の集落に第三の地蔵が祭られています。

第三の地蔵を過ぎて少し行くと立派な新道が横切っていますので車に注意しながら横断します。横断した先には左へと広い道がありますが、ここは細い道を直進します。ここから鄙びた感のある硯水の集落の中の道を登り詰め、さらに下って行きます。途中の新道工事中の紛らわしい分岐は左に取りさらに進むと、第四の地蔵が右手に見えてきます。

高野街道第三の地蔵を過ぎて広い新道を横断します。右手に新道の「ゆめさきトンネル」が大きく口を開けています。

高野街道横断した先は直進して細い道に入ります。右手前方に小さな祠と石灯籠があります。

高野街道集落を出て少し下ると新道の工事で紛らわしくなっていますが、左へと進んでいきます。

高野街道硯水の集落の外れに第四の地蔵が祭られています。

高野街道この右手に第四の地蔵。ここから折り返すように左の道を下ります。

第四の地蔵からは折り返すように標識に従って急な坂道を下ります。今まで稼いだ高度を一気に吐き出すような激下りで、帰り道ではさぞ辛かったことだろうと思われます。人気のない山道を下っていき視界が開けると眼下に河根の集落が見渡せます。集落の手前には九度山町河根丹生神社があって、河根の宿場町を過ぎた外れの丹生川に架かる千石橋のたもとに「二里石」があります。「三里石」から約1時間、6000歩足らずです。

高野街道竹薮の中を河根の集落へと激下りの道が続きます。

高野街道眼下に河根の集落が見渡せます。

高野街道下りきって集落に入る手前に九度山町河根丹生神社があります。丹生都比売明神と狩場明神が祭られています。

高野街道河根の宿場町。右手は元本陣の中屋旅館です。

高野街道丹生川に架かる千石橋とその手前に「二里石」が建っています。

高野街道「二里石」