京大坂道(不動坂道)

京・大坂道(二里石〜一里石)

千石橋を渡り切れば街道一の急坂である作水坂を上ります。喘ぎ喘ぎ登り切った所に「第五の地蔵」が祭られており、作水の集落を過ぎると改修・未改修が交互に現れる山間の道をひたすら歩きます。民家も点在しますが廃屋となったものも目につく寂しい道で、高野六地蔵堂の最後の「第六の地蔵」が祭られている桜茶屋を過ぎます。

高野街道千石橋から見る丹生川の清流に心癒されます。

高野街道作水坂を一歩一歩踏みしめながら登ります。

高野街道急坂を上り切った作水の集落に「第五の地蔵」が祭られています。

高野街道街道から河根の集落を見おろせば随分と登ったものだと感慨ひとしおです。向こうには和泉山脈が連なっています。

高野街道桜茶屋の高野六地蔵堂の最後の「第六の地蔵」です。

「第六の地蔵」からも改修・未改修の入り混じった道を進むと左手に大きな岩(黒石)が見えます。この辺りで明示4年に仇討ちがあり7人が討ち取られ、これを機に仇討ちが禁止されたので日本最後の仇討ちがあった場所とされています。この500mほど先には討たれた7人が地元神谷の村人に葬られた殉難七士の墓があり、その先に「一里石」が他の道標に挟まれて建っています。「二里石」から約1時間、6000歩足らずです。

高野街道薪が山ほどに積まれた民家です。

高野街道改修された道。生活道路としては旧街道の風情より優先されるのは仕方ないでしょう。

高野街道この辺りで日本最後の仇討ちがありました。当時は2,3人が通れるほどの狭い道だったようです。

高野街道黒石。仇討ち当時はもっと道にせり出して大きく街道を塞ぐようにあったのでしょう。

高野街道街道の右に「一里石」と他の道標石がまとめられて置かれています。坂を上るとすぐ上にお堂があって雰囲気のいい場所にあります。

高野街道左から2本目が「一里石」です。