高野街道

高野街道(紀見峠〜橋本)

「六里石」からは往年の宿場町の名残を残す紀見峠宿の中を下ります。さて、紀見峠での楽しみが1つ。峠の茶屋「丹波屋」さん。ここでコーヒーでも飲んで一服すると街道歩きの雰囲気が盛り上がります。

紀見峠宿山間に隔絶された感のある紀見峠宿ですが、雰囲気が明るいのは南で太陽をよく受けるからでしょうか。

峠の茶屋「丹波屋」峠の茶屋「丹波屋」さん。街道沿いに雰囲気一杯のいい佇まいで、入口には季節の花をあしらったりする心遣いも嬉しいものです。

峠の茶屋「丹波屋」さん。モーニングサービスは11時まで。営業日は、火、木、土、日曜日

紀見峠宿を過ぎると急勾配の下り道が待っています。勾配も緩くなり民家や柿畑の中をさらにどんどんと下ると紀見トンネルを出た辺りの国道と合流します。出合の辻からここまで、紀見峠を越えるのに40分あまりかかったようです。

高野街道ここで旧国道を横切って正面の細道へと入っていきます。ここからはしばらく山の中の急勾配の下り坂がつづきます。

高野街道民家が見えてきて標識に出会うと、右へ折れると紀見峠駅、街道は真っすぐに下ります。

三石山この辺りから右手に秀麗な三石山の山容が望まれます。澄んでいれば正面に高野の山並みも見渡せるはずです。

高野街道和歌山は柿が名産です。さらに柿畑の中を下ります。

高野街道国道に合流しますが、歩道完備で安心して歩けます。緩やかな下りです。

和歌山側の国道371号線はほとんど歩道の整備が行き届いてあまり危険な箇所はなく、峠から下って国道に合流した後は、慶賀野交差点で旧街道に分岐します。そこから途中に分岐のあるところは左に行きます。集落を出て田畑の中を進みますが高台になっており晴れ渡っておれば展望が素晴らしいようです。真っすぐ行くと村のお寺といった風情の大福寺に突き当たり、奥の急階段を下りると国道に合流します。国道を300mほど歩けば右手に「五里石」があります。「六里石」から1時間、約6000歩。やはり1里につき6000歩前後、約1時間ほどが目安となります。

高野街道慶賀野交差点を越えてすぐに斜め左の旧街道へと入っていきます。

高野街道稲刈りの済んだ田んぼ。のどかな高台の田園風景が楽しめます。

高野街道正面に見えるのが大福寺です。この奥の急階段を下ります。この道の手前で右に曲がっても国道に合流します。

「五里石」国道の右手に「五里石」が見えてきました。

「五里石」「五里石」です。元はここから300mほど南に建てられていたものが国道工事のためにここに移されたようです。

「五里石」を過ぎてすぐ、高架の手前を右に曲がって国道から逸れます。橋谷の集落を抜け国道を見下ろす少し高台を通る街道は、御幸辻駅に通じる広い道を越えて進みますが、その手前の辻に道標があり、右に曲がればここから菖蒲谷を経て慈尊院へと向かいます。街道から下ると広域農道との交差点でまた国道に合流します。京奈和道路の高架の手前、小原田の交差点で左に分かれてしばらく交通量の多い狭い旧国道を橋本川に沿って我慢して歩くと、歩道も立派に整備された道に変わります。南海高野線とJR和歌山線の高架下をくぐると賑やかな町並みに入り、1つ目の信号のある交差点を斜め左に入って少し行くと国道24号線に出会います。ここを車に注意しながら素早く横断しますが、いったん右の交差点に戻って信号を渡るのが危険がないでしょう。横切ればすぐに紀ノ川に出くわし、「四里石」と立派な常夜灯があります。かつてはこの常夜灯のある東家から対岸の三軒茶屋まで紀ノ川を船で渡ったのですが、1587年に応其上人が初めてこの地に橋を架け橋本の地名の謂れとなったといいます。しかし、その橋も3年後には紀の川の増水によって流失し、また長い間渡船による紀ノ川越えがつづいたようです。

高野街道この清恭寺を過ぎてすぐに右の道に入ります。

高野街道雰囲気ある佇まいの家が旧街道沿いにつづきます。

高野街道国道に合流、右はかつらぎ広域農道です。

高野街道京奈和道路の高架の手前で左の旧国道へ入ります。センターラインのないギリギリ2車線幅で歩道もなく交通量も多いので注意しますが、スピードも抑え気味で大型車輛はほとんど通りませんので国道371号線に比べると危険は感じません。

高野街道この信号を斜め左に入ります。この辺りは高野街道と伊勢街道(大和街道)が交差する交通の要所であったようです。

高野街道東家常夜大燈籠と「四里石」。突き当たりは紀の川です。

「四里石」「四里石」

高野街道「四里石」から橋本橋を望みます。

橋本市観光協会「まちの紹介」 応其上人