西高野街道

西高野街道(十里石〜河内長野)

「十里石」を過ぎ、坂を下った四つ辻を右に曲り次の信号を直進して天野橋を渡れば、やっと河内長野市に入ります。道なりに登っていくと左手に太神宮の常夜灯と立派な宝篋印塔があり、その少し先の分岐を右の坂道へ取り、しばらく歩くと左から道が合流してくるのが守口市文禄堤を起点として大阪市平野を経て河内長野に至る中高野街道です。

天野橋この信号を天野橋に向かって直進します。

天野橋天野橋を越えると、河内長野市に入ります。私の地元です。なぜか足取りも軽くなります。

西高野街道右の坂を上って楠町へと入っていきます。

西高野街道ここで左から中高野街道が合流してきます。

西高野街道合流点を振り返ってみたところで「楠町の地蔵」が祭られています。右:中高野街道、左が西高野街道です。

中高野街道との合流点を過ぎるとまた分岐点があります。ここは左へと下っていくと途中からは金剛山が奇麗に見え、左下に楠小学校、右上に千代田学園を見て進むと広い通りを横断します。ここから左に行くと南海千代田駅ですが、すぐのところにスーパーが2軒連なっています。ペットボトルを補給するならここがおすすめです。

西高野街道ここは左へと下っていきます。

西高野街道金剛山がかなり近くに見えるようになりました。

原町に入ると右手に、平安時代の陰陽道天文博士だったという安倍晴明の経典を埋めた場所だと伝えられている晴明塚を過ぎ、やがて緩やかな下りとなって、正面に紀見峠が見えます。かなり近付いてきたと実感できるところです。古野町に入り国道170号線のガード下を越えると「右 かうや 左 ふしい寺」の道標や宝篋印塔、常夜灯、石仏、石像などが点在して東高野街道との合流であった面影を残しています。すぐ先で国道310号線を越え寺本記念病院を左に見て直進すれば、古野町行者堂に「九里石」が建っています。旧街道は寺本記念病院の北側を通りそのまま直進して旧国道170号線まで行くようですが、「九里石」は旧街道から現在の行者堂まで移されたので、その前を通って長野商店街に入り河内長野駅に向かうのが分かりやすいかも知れません。「九里石」で歩数計はほぼ25000歩になりました。

西高野街道晴明塚

安倍晴明『ウィキペディア(Wikipedia)』

西高野街道この辺りも街道の面影が残る道です。

西高野街道正面に紀見峠が見え、一直線の道は爽快です。

西高野街道原町。この辺りが東高野街道との合流点の一つで、東高野街道は京都府八幡市の木津川の御幸橋を起点として、洞ヶ峠、枚方から生駒山地西麓の旧国道170号線を辿り河内長野に向かいます。

西高野街道左は寺本記念病院。ここを真っすぐ行くと「九里石」ですが、旧街道はこの1本北側を走っています。旧街道からは寺本記念病院を右手に見ることになります。

西高野街道行者堂と「九里石」。「九里石」は元はここから東へ行った南海線と近鉄線の間にある極楽寺への曲がり角に建っていたようです。

「九里石」からは長野商店街へと向かい、アーケードを越えた長野駅前には最近設置された高野街道の標柱が建っています。この辺りで東高野街道と合した西高野街道は高野街道となって高野山へとつづき、今まで並行してきた国道310号線もここからは奈良県五条へと分かれ、これからは国道371号線に沿って歩くことになります。

西高野街道長野商店街のアーケードを越えると河内長野駅前です。

西高野街道河内長野駅前にある高野街道の石標は最近建てられました。高野街道はこの前の国道310号線を横切って長野神社を目指します。310号線はここからは観心寺、金剛山の麓を抜けて五条へとつづきます。