町石道の四季

下の小さな写真をクリックすると上の大きな写真がスライドします。
(下の記事は当時のブログに書いたものをそのまま転載したものです)

冬枯れの町石道(2009.1.29)

  • slide 1
  • slide 2
  • slide 3
  • slide 4
  • slide 5
  • slide 6
  • thumbnail 1
  • thumbnail 2
  • thumbnail 3
  • thumbnail 4
  • thumbnail 5
  • thumbnail 6

高野山への参詣道としては町石道が表参道だが、学文路からの京・大坂道がよく利用され宿場町も繁栄した。南海高野線(大正11年、南海鉄道が現在の高野線である高野大師鉄道と大阪高野鉄道を合併)が大正14年7月、高野下駅まで延伸されると、高野下から高野山への道が多いに賑わうようになった。高野下駅のある地域は椎出といい、高野山の麓でもないのに「高野下」とはそういう意味合いもあって名付けられたのだろう。この道は高野下駅(椎出)から神谷にて京・大坂道に合して不動坂口の女人堂へとつづき、神谷は高野山に最も近い宿場町として栄えに栄えたそうだ。当然学文路や河根の宿場町は寂れていったことと思われる。しかし、その繁栄も束の間のもので、大正14年3月、高野下から高野山までの鉄道敷設を目的とした高野山電気鉄道が設立され、昭和3年6月・高野下〜紀伊神谷間、同4年2月・紀伊神谷〜極楽橋間、同5年6月にはケーブルを開通させ、同7年4月から南海鉄道との相互乗り入れによって難波〜高野山間の直通運転が始まったのを機に、高野下駅(椎出)からの参詣道は歩かれなくなり、神谷の宿場町も衰退の一途をたどる。まさに鉄道の推移に翻弄された参詣道がこの新高野街道で、今ではほとんどの人に忘れ去られようとしている。

さて、前置きが長くなったが、今日はこの新高野街道(高野下・椎出〜神谷)と、ここだけでは時間が余りすぎるので紀伊神谷駅から紀伊細川駅に戻り矢立経由で町石道を大門まで歩くことにする。国道370号線を椎出郵便局の角で左に曲がるとしばらくは左に小川を見て集落の中の緩い登りを進む。小川が右手に見えるようになり、集落が途切れるあたりで左へと登る道が分かれている。長い急な坂道で、ここはかなり辛い楽しくもない道だが、我慢。右から登ってくる道と合流して左に登っていくとすぐに民家があり、そこから10分足らず杉林の中を歩くと右手に「至高野山6800m」の道標があって、そのすぐ先に朽ち果てた苅萱堂が建っている。この街道が賑わい出すと学文路から移されたというが街道が廃れると参詣する人もいなくなったようだ。ここまで駅から35分ほど。

広い道はこの苅萱堂前でぷっつりと途絶えている。かつての街道は「高野古道(?)」として、このお堂の正面に向かって左手脇から細い山道がつづいている。あまり人が通っているとも思われないので夏場は避けたほうが無難なような気がしないでもない。鬱蒼とした林の中の道だが、かつての街道の名残の「至高野山6600m」「至高野山6400m」の道標に導かれ、また、「長坂地蔵」「長坂弘法大師堂」も祭られ、不安はない。山道に入って「長坂地蔵」まで10分ほど。「長坂地蔵」から「至高野山6400m」の道標を見て5分ほど進むと「長坂弘法大師堂」が祭られてある。このお堂の右脇に上に登る道(標識あり)があり、かなりの急坂だが、3分ほど一気に登れば舗装された林道に出会う。結論からいうと新高野街道はほとんどが林道で、山道の区間は20分ほどの、それもあまり楽しい道でもない。歩くのを楽しむというよりも、文明に翻弄され一時の賑わいを見せた街道に想いを馳せるにはいいかも知れない。

さて林道に出合うと、ここは左へと緩い坂道を上っていく。左手に視界が開け、和泉山脈が、そして金剛山も正面に見据えられる新高野街道では一番の展望が開ける所である。ここからは地道になったほぼ平坦な静かな林道を「クマ出没注意」の看板に脅かされながら25分で神谷の集落に着く。京・大坂道に合流したわけで、このまま極楽橋から不動坂を登って高野山へと辿ればいいのだが、町石道を少し歩きたく思い、また、紀伊細川から矢立までの道も歩いていないので、紀伊神谷駅へと向かう。10分ほど下って10時10分に紀伊神谷駅に着き、タイミングよく10時16分の難波行きに乗込めた。高野下から紀伊神谷まで7600歩、1時間30分歩いたことになる。

紀伊細川駅は眼下に細川の山村風景が手に取るように眺められる高台にある。駅を出て右の坂道を下る。下り切って集落の中を通る道を横断して橋を渡ると、登りが続く。下を見ると澄んだ水が流れている。西細川小学校を右手に見て、高野槙と南天と小川が奇麗な細川の集落を抜けるとしばらくは単調な林道を登る。概ねそれほどきつい坂道ではない。天気も良し、雰囲気も良しで道から外れて座り込み、川の流れを見ながら小休止して補食したので、矢立には11時10分に到着。歩行時間は40分。町石道からエスケープするには歩きやすいだろう。

矢立にはトイレ、花坂名物の焼き餅のおいしい矢立茶屋があり、その矢立茶屋の奥には弁当などを食べられるようにたくさんのベンチが置かれている。60町石は紀伊細川から上がってくると高野山道路を隔てた正面の国道沿いにあり、町石道を慈尊院から辿ってくると見落としてしまいそうな所にある。その真上、階段を少し登ると弘法大師手作りと伝えられる「砂捏地蔵」が祭られている。矢立で10分ほど右往左往して、町石道に入ったのは11時20分。次の展望台でちょうどお昼ご飯にするのが良さそうな時間だ。昨年12月に慈尊院から大門まで初めて町石道を歩いて以来2度目の矢立からの町石道だが、前回は先を急ぐあまりゆっくりと周りを楽しむ余裕が無く、今日はのんびりと町石を一つ一つ見ながら歩いてみたい。まずは59町石。町石の傍らには六地蔵が祭られてある。前回は気付かずに通り過ぎてしまったが、なかなかに絵になる景色だ。58町石からは急な坂道となる。喘ぎ喘ぎ登っていると56町石を見逃してしまった。1町・109mは短すぎるのでうっかりすると通り過ぎてしまう。戻って探す気にはならず、次回の楽しみとして残しておこう。

55町石の向こうには、弘法大師が袈裟を掛けた伝説から名付けられた袈裟掛石があり、石と石の間をくぐり抜けると長生きするという言い伝えがある。無理な体勢を取って身体を痛めるといけないのでここはパス。この袈裟掛石から200mほど進むと、弘法大師の母が女人禁制であった高野山に登ろうとした時に突如雷鳴が轟き火の雨が降りそそぎ、弘法大師が岩を持ち上げて母をかくまったという押上石。この先、51町石、49町石、43町石と立て続けに集中力が切れて見逃し、再び高野山道路に交差する。41町石を過ぎると高野山道路と交差して横断する。横断した所の左手の少し高い茂みの中に40町石はある。39町石から37町石は町石道ではなく高野山道路沿いにあるが、この上の展望台のベンチでランチタイムとしたいので急坂を上る。展望台:12時10分。今日は汗が吹き出るくらいの陽気で、ここで着替えをすませて20分ゆっくりと休憩を取り、まだ見ぬ町石を探しに元来た坂道を下る。下の広場ではグループが敷物を片付けている。ほとんど同時刻にここで休憩していたのだろう。今日は車が少ないが混雑する時季の土・日曜日だと高野山道路を歩くのは怖いかも知れない。

再び高野山道路と接する地点から町石道に戻るとすぐに36町石。さらにそのすぐ先には四里石がある。34町石辺りから右手に視界が開け山並みの中に大門の屋根が見えると聞いたが、見つけることはできなかった。この辺り右側は断崖となって高所恐怖症の私は写真を撮る瞬間はかなり腰が引いている。27町石の手前に鏡石というのがある。最初に通った時は前方右手の岩がそうだと早とちりしていたが、よくよく見ると左手にある大きな岩のようだ。どちらにせよ、姿が映るほどの滑らかな石だったとは思われないし、この石の角に座って真言を唱えると願い事が成就するといわれるが知らないのでご利益はなさそうだ。

27町石を過ぎると眼下に渓流を望み小橋を越えると町石道では初めての小川沿いの道となる。22町石を過ぎた小橋からは展望が開け遠く山並みを楽しみさらに進むと、橋の向こうにはほとんどが土の中に埋まった21町石が左手に現れる。千年の重みであろうか。20町石を過ぎ、19町石と18町石はどちらかを見落とし写真に納めた分はピンボケ状態で判然としない。また宿題が増えてしまった。12町石を過ぎたあたりから徐々に最後の登りに入り、10町石の先には階段も見える。この階段はさすがにきついが、登り切るとコーナーの正面に9町石が出迎えてくれ、1桁の有難味を味わう。8町石は大門の斜め向かいにあるのであとは高野山道路に出る最後の階段があるだけ。

高野山道路に登り切ると正面には大門の勇姿が迎えてくれる。この右手、大門案内所の向い側に8町石はある。7町石はというと、大門から弁天岳・弁財天への参詣道に入る鳥居の後ろに背を向けて建っている。正面は高野山道路側に向いている。6町石は大門の裏手トイレの近くにあってその右手の階段を下ると根本大塔へと通じている。大門に着いたのが13時50分。町石を探したり、小休止したりで出発は14時5分。まだ時間が早いのでここからの選択肢は数多くある。奥の院まで詣でてバスで帰るか、大門から直接バスに乗るか、弁天岳経由で女人堂に出て不動坂口を下るか・・・と、結局はまだ通ったことの無い大門から高野山駅までの車道を歩くことにする。展望がいいと聞いているのと、前回経験したバスの乱暴な運転に辟易してできるだけバスは利用したくないという気分もある。本音はバス代の節約に他ならない。

高野山道路はシーズンともなれば車の列で歩きにくいと思うが、高野山駅への道は道幅も広く車の往来も多くないと思うので概ね歩きやすいだろう。高野山駅への道に入るとすぐに展望が開け、紀伊山地の重畳たる山並みが見渡せる。すばらしい眺望だ。が、展望が途絶えると車道歩きは詰まらない。さらに初めての道はどうしても長く感じてしまう。道路脇に残った雪を愛でつつ、展望はこれだけかとちょっとがっかりしながら進むと樹間越に町石道の傍らにあるゴルフ場が見えだした。かなり高い位置にあるもんだと関心しきりで、この景色を見られただけでもこの道を歩いた値打ちはあったと納得。ところがさらに進むと前方が開け、好展望の予感。金剛山から紀見峠、和泉山脈、紀ノ川流域、町石道のあたりと大パノラマが眼前に繰り広げられる。感動の余韻に浸りながら高野山ケーブル駅に着いたのは14時45分。大門から3600歩、約40分。この道、おすすめです。