町石道の四季

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(下の記事は当時のブログに書いたものをそのまま転載したものです)

冬枯れの町石道 - 2 - (2009.2.15)

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「紀伊山地の霊場と参詣道」の丹生都比売神社境内として世界遺産へ登録された、町石道から西に少し下った天野の里にある丹生都比売神社は天照大御神の妹神・丹生都比売大神が祀られており、1700年の歴史と高野山の地主神として町石道とは深い所縁がある。その丹生都比売大神が天野の里に鎮座するに至ったのは、天野の里の東の山稜(町石道はその少し下の山腹を通る)である小都知ノ峯(おづちのみね:683.5m)から国見してのことだといわれている。伝説・由来はともかくとしても、小都知ノ峯は町石道の上に位置して少しの距離だが並行して尾根道を歩け三等三角点もあるという。小都知ノ峯へは町石道からだとほんの一足、また、丹生都比売大神が天野の里を国見されたというのだから当時は町石道もなく、天野の里側から登るはずもないので、東側から登られたのであろう。町石道からのエスケープルートとしてパンフレット等に紹介されている上古沢駅からアプローチすると当時の雰囲気が味わえそうである。

九度山町の無料駐車場に車を置き九度山駅から南海高野線に乗込み上古沢駅で下車。日曜日の絶好の晴天とあって車内は高野山に向かうたくさんの観光客で一杯だ。上古沢駅で降りたのは私1人。古峠へ向かうので右の急坂を下る。駅へ向かうには結構きついだろうと思う急な坂道だ。国道371号線までは途中枝道がたくさん分かれているので標識頼りとなる。国道371号線を横断して左の坂道を上るがこちらも急坂で分岐が多く標識を見逃さないように注意して登る。集落を抜けると柿畑が広がる。今日の陽気で汗がどっと吹き出てくる。舗装路が地道に変わりホッとするもまた舗装路になったり、イノシシ除けの高圧電流柵が道際にあったりと楽しくもない道がつづく。それもかなりの急坂で、濡れた時の下りはきっと滑りやすいだろうと思う。分岐する道は多いが標識はしっかりと建てられておりまず迷うことはないだろう。駅から40分たらず歩いた所の分岐で朽ちかけた標識たよりに右へ登っていく。ここからは植林の中の本格的な山道となる。それも急坂で、駅から約1時間、古峠までは道は荒れていないが山登りの険しさで、町石道へのアプローチとしては決してすすめられない。エスケープルートとしても道が濡れた日は滑りやすく、緊急時は天野の里へ下るか、予定には最初から組み込まないほうがいいと思う。ただし、小都知ノ峯へのアプローチとしては登った感は大いにあった。

古峠に登り着くと124町石が正面に出迎えてくれる。小都知ノ峯へは慈尊院側に右へ行く。126町石の右脇には小都知ノ峯への標識がしっかりと建てられている。最初のきついが少しの登りをこなすと、あとは緩い登りの尾根歩きだ。右に上古沢方向、左に天野の里方向が樹々の隙間からかろうじて垣間見える程度で春から秋は全く何も見えないだろう。126町石から20分ほどで三等三角点のある小都知ノ峯。展望は全く期待していなかったが、冬枯れの木立の間から天野の里が俯瞰できる。国見した気分だ。10分ほど補食・小休止して126町石へと戻るつもりだったが、反対側にも「町石道」への標識があるのでそちらへと下る。

登ってきた道とは打って変わって急な下りと荒れた道だがテープ頼りに不安はない。前方には和泉山脈や紀ノ川流域の町並みも見え隠れして、景色に見とれていると脚を滑らせて見事に尻餅をついてしまった。油断は大敵なのだ。直進しそうな分岐では標識に従って、左の踏み跡も微かな急斜面を下る。下り切ると133町石の傍らに出る。ここにはピンクのテープが何本か巻き付けられて小都知ノ峯への登り口であることを教えてくれるが、標識はない。慈尊院から来ると133町石の右脇から急斜面を登りさらに倒木を乗り越え急坂を上がると小都知ノ峯に着き、なだらかな歩きやすい道を下ると126町石の脇に出る。

133町石からは少しぬかるんだ町石道を六本杉まで歩き、六本杉から天野の里へと下っていく。道幅たっぷりの緩い坂道で歩きやすい。天野の里に近付く辺りが少し急かなと思う程度で、二つ鳥居と天野の里を結ぶ八丁坂よりは歩きやすいと思うが、八丁坂は世界遺産に登録されているがこちらは登録されていない。ま、好みで使い分ければいい。明るい天野里に出れば丹生都比売神社は左へすぐの所にある。六本杉から15分。丹生都比売神社には11時32分に到着だ。参拝とトイレをすまし、春のような穏やかな暖かさなので鏡池の土手に陣取り正面に優雅な反橋・神橋を見据え、泳ぐ池の鯉を眺めお弁当を広げる。あまりの気持ちよさに1時間近くものんびりしてしまった。

天野の里から町石道へは二つ鳥居へ至る八丁坂、今下ってきた六本杉へ向かう道、古峠へと向かう道の3つのルートがあるようだが、古峠への道は町内の案内板には書かれていない。八丁坂へは以前登ったことはあるので丹生都比売神社からは最短距離で町石道に至ると思われる古峠の道を探す。まずは見当をつけて神社鳥居の前の道を山側に進む。すぐに標識があって、奥之沢明神、石造五輪卒塔婆群などへは案内されているが古峠への案内はない。案内されている道以外に山の中へ向かう道があったのでとにかくそちらに行ってみる。すぐに標識にあった石造五輪卒塔婆群を上から見る場所を過ぎて山の麓に至る。ここには古峠への標識がある。ヤマカンが当たった時は嬉しい。古峠へは細い急な坂道がつづく。何ヶ所かロープが設置されている。道は整備されているようで特に不安はないが1箇所だけロープのお世話になった。丹生都比売神社から15分足らずで古峠に着いたのが12時40分。上古沢から古峠についてまた戻ってくるまでに2時間もかかってしまった。1時間以上は休憩タイムだったが。

古峠から二つ鳥居まではドロドロの道になっている。雨がよく降った後の町石道は至る所で泥濘化している。さきほどスッテンコロリンで衣服とリュックが汚れたので汚れを気にせずにずんずん進む。帰ったら家内に怒られるだろう。118町石を過ぎた辺りから伐採作業が行われており、116町石手前まで危険防止のため作業員の方に付き添って頂いた。今日は日曜日で通る人も多く大変だったろうと思う。今日は単独者1人、休憩中の家族連れ、1組の小グループと擦れ違った。白蛇の岩を過ぎると右手にゴルフ場。場内に入ってボールを直撃されても責任は取らないそうだ。ボールに境界を見極める力はないので町石道にも飛んでくるということだろうか。当たってから責任を取ってもらっても限界があるだろう。114町石から112町石までは左手の高い所に町石が建てられている。本来はもう少し高い所に道があったのだろう。ぽっかりと明るく開けた場所に出る。神田地蔵堂が建てられており、休憩するには申し分のない所で、少し下には新しいトイレもある。が、そこへ行くには高圧電流の流れる柵に遮られて、一またぎしないと行けないようだ。ちょっとビビる、優しくないトイレへのアプローチとなっている。折角トイレを作ったのなら利用しやすさを優先すべきだと思うが。

このあたりずっと緩いアップダウンか平坦な道がつづいて109町石と108町石の間からは左手が開け山並みが見渡せる。108町石の奥に二里石が建ち、慈尊院から五分の二の行程を進んだことになる。町石ごとの間隔は短く(約109mごと)一定していないので、上にあったり木に隠れていたりするとうっかりと見過ごしてしまう。104町石、103町石と立て続けに見落とし、雰囲気のいいところに102町石を確認。分かれたと思ったゴルフ場とまたまた並行して、97町石、96町石の後ろにはゴルフ場が広がっている。この辺りから今日の暑さで疲れてきて注意力がなくなったのか95町石、89町石、85町石と見逃してしまった。持参のペットボトルもそろそろ切れようとしている。86町石を過ぎると、笠木峠。笠木峠からも上古沢への道が通じている。矢立に向かって80町石の脇に丸太があったので小休止。ここで14時20分。写真を撮りながら来たせいか、二つ鳥居から1時間30分もかかっている。この調子だと矢立まであと1時間近くかかりそうである。

水分を補給して少し元気を取り戻して淡々と先を進む。72町石とその少し奥に三里石。里石の目安は約4kmなので励みになる。66町石を過ぎた辺りから高野山道路が直下を走るようになり、左展望も開け明るくなり矢立に近付いたのが感じられる。矢立に着いたのが15時20分。大門を目指す予定だったが、九度山町の無料駐車場の利用時間は8:00〜18:00。駐車場閉門まで間に合うかどうか微妙な時間帯になってしまったので、本日の町石道はここまでとして紀伊細川駅に予定変更。16時5分の電車までは少し余裕があるので少し階段を上って砂捏地蔵にお参りして、紀伊細川駅への道に入る。緩やかな歩きやすい道だが、舗装路がつづく。集落に近付くにつれ、高野槙や南天が目につくようになる。下り切って橋を越え横断歩道を渡るまで矢立から30分。ここから紀伊細川駅までは急な坂道を6,7分。町石道からのエスケープルートとしては利用価値の高い道だと思う。少し待って16時5分の難波行き急行に乗って九度山駅下車。17時前には駐車場を出ることができた。